キタヒさんのゴースト「ポルターガイスト」 壬柚さんのゴースト「Bar Lakritze」で二次創作させていただきました。 今回はまさかのコラボです。 三人が莉玖さんのお店に押しかけてしまいます。 そして、早くも三回目になりますこのフレーズ。 もしかしたら、キャラが変わっているかもしれません。 苦手な方はご注意ください。 ---------------------------------------------------------------------------- からん、とドアを開ける音が店内に響く。 ウォッカの入ったガラス製のグラスに氷がぶつかったときのような音。 ちょうど、暇を持て余していた莉玖がそれにつられて入り口を見ると、そこには二人分の影があった。 このお店に来る常連客は全て彼女の頭に入っている。 ドラマのように「いつもの」という注文をされても、正確にカクテルを振る舞えるほどには、客の顔と好みを書き連ねたリストが彼女の頭にはあるのだ。 莉玖は今回の客と、リストを照らし合わせてみて、この二人が初対面のお客だとわかった。 もしかしたら、この二人が新しい常連客になってくれるかもしれない。 そう思うと、莉玖の記憶力は爆発的に上がり、二人の顔と容姿を脳裏に刻み込むために働き出したのだった。 さて、もの珍しそうに店内を見回している一人は、可愛らしいピンク色をしたツインテールの少女。 もう一人は、鎖や、拘束器具とでも言うのだろうか。 アクセサリーとは言えそうにないが、とくにそれが目につく服装をした少女だった。 そして、彼女たちが訪れたこの店は歓楽街にある一軒のバー、店名はラクリツェ。 ここのバーテンダーである莉玖はその二人を見て、また変わったお客さんが来たな、と思った。 同時に、莉玖は頭を抱えた。 今日の客はどうみても子供でしかない。無理に背伸びをしている高校生ですらなさそうな顔つきだ。 中学生、いや、詳しい身長はわからないが、もしかしたらもっと低いかもしれない。 くどいようだが、ここで改めてはっきりと述べよう。 この店はバーなのだ。カクテルを、お酒を出すお店なのだ。 ソフトドリンクなど、この店では取り扱っていただろうか。 下手したら、近所のコンビニにでも足を運ばなくてはならないのかと思うと、莉玖は胃の痛みを覚えた。 二人は莉玖が立っているカウンターの前までやってきて、少し高めの椅子にもひょいと座った。 その勝手知ったるといった様子に、莉玖はさらに驚かされた。 莉玖が唖然としているとツインテールの少女が先に口を開いた。 「こんにちは、お姉さん。いっぱいいただけるかしら?」 可憐な声だった。 また、見た目通りの幼い声だった。 莉玖は無理に追い出すわけにもいかないので、優しい声で返した。 「こんにちは。君達は何歳かな? ここは、大人しか入っちゃいけないお店なんだけど……」 ツインテールの少女はそれを聞いて、残念そうな表情になる。 「やっぱりダメだったか……」 「見た目は十代前半ですからね……」 拘束具をつけた少女が奇妙なことを呟いた。 「何のことかよくわからないけど、ダメなものはダメ。ごめんね」 莉玖がそう言って二人の帰宅を促そうとすると、ツインテールの少女が指を立てた。 「大丈夫よ、お姉さん。私たちは見た目通りの年齢じゃないの」 「は、はあ……?」 莉玖は返事に困った。 彼女が何を言っているのか、まるでわからない。 そういえば、と昨晩見たばかりの番組の登場人物を思い出したぐらいだ。 確か、こんな話だった。 登場人物は見た目は子供の姿だが、知能指数がずば抜けて高い。 その知識と行動力、そして鋭い観察眼でどんな問題でもたちまちに解決する、なんでも屋の物語だ。 ちょっと前に終わったドラマだが、昼間の連続放送で主婦層の人気を集めたらしく、ゴールデンタイムで再放送されている。 そういえば、主人公たちがバーで起きた珍事件を解決する話があった。 カクテルに関するジョークがあり、莉玖はバーテンダーであるだけに、なかなかおもしろい一話だったと記憶している。 ああそうか、この子たちは―― 「聞いて驚かないでください。私たちは人間ではありません」 ――どうしたものだろう。 当然ながら、ごく普通のお店のマニュアルには、このような場合の対応は載っていない。 もちろん、主人公たちが解決したような珍事件も起きてはいない。 否、むしろ今、起きているところだ。 「何を隠そう、この私、ユウちゃんは吸血鬼。こっちのノアちゃんは天使なのです!」 頭を抱える莉玖には、追い打ちをかけるような発言だった。 しかし、残念ながら、ドラマの主人公が助けに来ることはなかった。 莉玖は耳を疑うような発言に一瞬だけ沈黙したが、そこにこちらから話を切り出せる糸口をようやく見出だした。 無茶苦茶な話題でありながらも落ち着いた対応ができる才は、この職業でお客との会話を通して培われたものだった。 今はこれを使ってアドリブでの対応をしていくしかない。 「ええと……、つまり二人は人間じゃないから年齢も見た目とは違う。だから、お酒を飲んでも大丈夫ということかな?」 「そういうこと」 ツインテールの少女が、ユウが笑顔で同意する。 子供が冗談を言うときのような無邪気な表情だ。 もしかしたら、本当にただからかわれているのかもしれない。 莉玖はそう踏んだところで一つの苦肉の策を思いついた。 「では、ユウさんとノアさん、でしたね。お二人がそれぞれ吸血鬼と天使であることを証明する、身分証などはお持ちでしょうか?」 今の莉玖に思いつく限りの対応だった。 相手の発言を信じたように見えて、逆に相手の可愛い嘘を暴くような言い回しだ。 大人気ないとは言われても、未成年に飲酒させるわけにはいかないので、莉玖もなりふり構ってはいられないのである。 「み、ぶんしょ、う?」 ユウが目をぱちくりとさせた。 莉玖は出せるものなら出してみろと言わんばかりの笑顔で返した。 吸血鬼や天使などという存在は物語の中だけでいいのだ。現実にいられてはたまったものではない。 これで本当に身分証明書を出されたら、と心配したが、莉玖は心の中でそんな不安をひそかに笑った。 「うーん。さすがに身分証はないけど、物的証拠でよければ……」 この冗談はいつまで続くのだろうか、と莉玖は思った。 次は何かを見せるつもりらしいが、今なら何を出されても正しく対応ができると信じていた。 「じゃあ、お姉さん。よく見ててね。…………えいっ」 ユウの手元に紅い剣が現れる。 どこから出したのか不思議ではあったが、これしきのことで驚く莉玖ではない。 「ユウさんは手品が上手なんですね」 「信じてないー!?」 「じゃあ、次は私が……」 と言って、ノアは真っ白な翼を広げた。 天使のような翼が生えている背中を見せて、さらに羽に触ることを提案する。 莉玖は翼を確かめることにした。 その感触はふわふわとしていて、本物のような。 否、本物の羽だった。 「よ、よくできた作り物でしょうか? オシャレだと思います、よ」 莉玖が少し戸惑ったのは、翼が確実にノアの背中から生えていたことだった。 しかし、これは精巧にできたアクセサリーなのだと、無理矢理に思い込む。 「なかなか信じようとしませんね……」 間違いを起こして店を畳むようなことになっては笑い事では済まない。 莉玖が躍起になって疑いをかけるのも当然だ。 しかし、相手が真実だけを述べていれば、嘘を暴くどころか、自分がますます苦しくなっていく。 莉玖もまた、もれなくそんな思いに絡み付かれていくことになる。 「申し訳ありませんが、身分証を確認できなければ、お飲みものをお出しできませんので……」 「むぅ、仕方ないこうなったら……」 次の瞬間、ユウは飛んだ。 吸血鬼の特徴の一つ、夜よりも黒い翼を広げて飛んだ。 「ああっ、ユウさん! スカート! スカート!」 ノアはユウが放った蹴りを受け止めた。 「どう! これなら信じてくれるでしょ?」 ユウはふんと鼻を鳴らした。 これにはさすがの莉玖も、天井付近に浮かぶユウを見て目を丸くした。 店内にはそんな手品ができるような大がかりな仕掛けはないことは、自分がよく知っている。 初めて訪れた彼女たちが用意したわけでもない。 そうなると答えは一つしかない。 「じゃ、じゃあ、まさか本当に吸血鬼、なの……?」 「だーかーらー! さっきからそう言ってるじゃない!」 ユウは頬を膨らませて言った。 莉玖は思わず笑った。 二人とも超常の存在であるのに、ふとしたときに見せる子供らしい様子が不釣り合いだった。 それこそが公にはできない事実を物語っているのだろう。 「……わかりました。それでは、ご注文は何になさいますか?」 それを聞いて、二人はニッと笑った。 ---------------------------------------------------------------------------- 「ご注文はお決まりでしょうか?」 ユウはカウンター席の向こう側に立った莉玖を見た。 流れるような金の髪、注文を待ちわびる青い瞳は、薄暗い店内ではいっそう映える。 照明を受けて、彼女の湿り気のある唇が光った。 セミロングの髪が鎖骨をくすぐる。 肩はたおやかな線を描き、黒い服は引き締まってスレンダーな体型をあらわにしていた。 女同士で見ても魅力的な女性だと思われる。 きっと男性客に人気があるのだろう。 しかし、今日の店内はユウたちだけだった。 人が出入りしないであろう今の時間帯を選んで正解だったようだ。 もし、店内がお客でごった返しになっていたら、『三人』は会話もままならなかっただろう。 今日のお客はユウとノアだけではない。 あと一人、『三人目』のお客が隠れているのだから。 「ちょっと待って。まだミィが決まってないから」 「え……?」 「ここにその名前の小さな人形、もとい幽霊がいるのですが、やっぱりお姉さんには見えないみたいですね」 ノアはカウンターテーブルに座っているミィを見た。 『…………こ、こんにちは』 相手は自分が見えないので、不機嫌なのを悟られる心配はない。 ミィはぶっきらぼうに言った。 莉玖はノアの視線を追った。 テーブルの上には誰も見えない。 当然、ミィの挨拶を聞くことはなかったが、そこには確かに誰かがいることを感じたのだった。 「こんにちは。ミィさん?」 『…………』 ミィは驚いて莉玖を見た。 彼女のまっすぐな青い瞳に、まるで自分を見透かされたような気がして、ミィは少し恥ずかしかった。 「そろそろ、注文してもいいかな?」 「はい、どうぞ」 「じゃあ、私はブラッディマリー」 莉玖はいかにも吸血鬼らしい注文だと思った。 自分の血をグラスに注がなくてはならないのかという思いは杞憂だったようだ。 ちなみにブラッディマリーは、ウォッカをベースにしてトマトジュースを使うカクテルだ。 「ミィさんは?」 莉玖はグラスの用意をしながらミィが座っているであろう場所を見た。 『……キ、キスインザダーク』 ユウが代わりに注文を伝える。 「ノアさんは何になさいます?」 ノアは少し間をおいて言った。 「では、私はアナルセックスを」 「『エロ天使ィィィィ!』」 ユウとミィが顔を真っ赤にして叫んだ。 「な、なんですか! 私はカクテルの名前を言っただけです!」 『そんなカクテルがあるかっ!』 ミィがノアの首根っこをつかんだ。 「かしこまりました。すぐに作りますね」 「本当にあるの!?」 ユウが驚いて言った。 「ありますよ。マイナーなカクテルですが……」 莉玖は困ったように説明した。 その理由がカクテルの名前にあることは言うまでもない。 「ほら、言ったじゃないですか! 二人とも何を考えてたんですか、いやらしい!」 「こ、この……!」 ユウはさらにノアに突っかかろうとしたが、すんでのところで踏みとどまる。 「だいたい人形さんもなんですか! シェリルさんが聞いたら一体なんて言うことか!」 『あ、あんたよりかはマシよ! 何よあれ! 下品にもほどがあるわ!』 「あれは名前をつけた人が悪いんです! 私はやましいことは何もありません!」 『それなら、私にだってないわよ!』 ぎゃあぎゃあと口論する二人。 もっとも、ノアしか見えていないのだが――莉玖は唖然とした。 「…………気にしないでください、いつものことなので」 「は、はあ……」 ユウは苦々しげに笑った。 「カクテルって振って作ることもあるでしょ?」 「シェーカーのことですか?」 「それさ、お手玉みたいに二、三個まとめて作ったら繁盛するんじゃない?」 「……パフォーマンスしてるわけではありませんから」 「ですよねー」 その後も二人は世間話を続けた。 隣で騒ぎ続けているミィとノアは、もはや蚊帳の外にいる。 時間はあっという間に過ぎてしまうもので、特にたわいもない世間話の後は、なおさらそれが顕著に感じられる。 それは人間に限らず、吸血鬼にも天使にも幽霊にも言えるようだ。 カクテルが出来上がった時には誰もがその早さに驚いた。 ノアは差し出されたグラスをのぞき見る。 「こ、これが、かの有名な、ア」 『いい加減黙れコラァ! せっかくのカクテルがまずくなるじゃない!』 「お願いだから、静かに飲ませて……」 一度言い合いになると、しばらくは収まらない。 無駄とわかっていても、ユウは泣き言を呟かずにはいられなかった。 莉玖はというと、この口喧嘩をなんとか止められないものかと四苦八苦していた。 あのぅ、とおそるおそるしているが、どうにも声が小さすぎるので、まるで竜虎のように相打つ二人には微塵も届いてはいなかった。 諦めてユウを見た。 彼女が口につけて傾けた赤いカクテルは、すでに半分以下にまで減っていた。 「……ユウさんは、トマトジュースが好きなんですか?」 「シェリルが血を吸わせてくれないから、その代用というか」 「シェリル?」 「幽霊の友達だよ」 「幽霊に、血……」 もはや何も言うまいと、莉玖は頭を振って考えることをやめた。 そこで話に割って入ったのは、ノアだった。 「そういえば、シェリルさんはどうしたんですか。この人形」 『今日は貞子さんと遊びに行った。このエロ天使』 いつの間にか喧嘩が終わっていたらしい。 すでに二人の姿はぼろぼろだった。 ミィのカチューシャはずれ、ノアの天使の輪が落ちていた。 二人とも目を合わせようとしない。 それどころか、ノアが席を移動して、ミィの隣を明らかに避けているようだ。 限界までいがみ合っても、青春ドラマのように打ち解けあえるほど、爽やかな性格ではない二人だ。 たびたび目があっては、バチバチと火花を散らしている。 間に挟まれたユウは、両側から感じる穏やかではない気配に縮こまっていた。 「お二人は、仲が良くないのですか……?」 「最悪です」 莉玖が話しかけてもこんな調子が続いていた。 非常に居心地の悪い雰囲気に飲まれ、莉玖は初めて逃げ出したいと思ったのだった。 普段ならそれなりに饒舌なのだが、さしもの彼女も閉口するばかりだった。 そもそもノアの喧嘩している相手が、普通の人間ならば見ることもかなわない幽霊なので、莉玖には為す術がなかった。 カクテルを楽しく飲んでもらうにはどうしたらいいのか。 唯一頼れそうなユウは諦め気味だ。 この状況をいかにして打開すべきか、莉玖は躍起になって考えていたのだった。 それと同時に、ノアとミィが一緒に行動しているのが不思議で仕方がなかった。 はたまた、常人には理解できない考えがあるのだろうか。 「こんなときシェリルがいれば……」 ユウが次いで口にした言葉がそれだった。 莉玖には、どちらかと言えば、ユウは中立的な立場だと思われた。 それでも二人を止められない彼女にそうまで言わしめる、その幽霊は一体何者なのだろうと莉玖は思った。 「……シェリルさんって、どんな幽霊なんですか?」 再び話題に上ったその名前の人物のことを尋ねた。 それは、相手が未知の存在であることもさながら、職業柄、会話が好きな莉玖の好奇心でもあった。 「お子様」 「幽霊らしくない幽霊」 『…………馬鹿』 期待して聞いたものの、返ってきた話は失敗談といった内容ばかり。 毎日遊んでばかりで、虫が苦手で、あっけらかんとしている子供のようだ。 ユウは、実際子供だと言い切る、ミィの毒舌を伝えた。 そこで莉玖は気がついた。 シェリルのことを語る二人はとても楽しそうにしていた。 ときどき飛び出るからかいの言葉も、本気で言っているわけではないことが、表情からも明らかだった。 ミィもそれと同じであろうことは容易に察することができる。 いや、莉玖自身もそうだった。 見たことも会ったこともない人物のことを聞いているにも関わらず、まるで目の前にいるように感じる。 顔も知らない幽霊が浮かべる屈託のない笑顔が、ふっと見えた気がした。 今なら、ユウの言ったことがおぼろげながらわかる。 どんないざこざも、たちどころに静めてしまえるような、不思議な何かがあるのだろう。 それが何であるかは、まだわからない。 三人の語る奇想天外な日常とともに、それは明らかになってくるのだろうか。 莉玖はますます気になって、些細な談笑にも静かに耳を傾けた。 そうしていると、いつの間にか日も落ち、あたりは暗くなっていた。 莉玖は時計を見て、何かに気づいた様子でカウンターを離れた。 木のプレートを持ち出して、店の入り口にあるガラス戸に取り付ける。 外からはクローズドの文字が見えていることだろう。 本来ならこの時間帯に来る常連客に、今日の新客を見られる心配はなくなった。 しかし、突然の休業日になってしまった。 いつも楽しみにやってくる常連客は驚くだろう。 明日もやってくるであろう彼らにどんな説明をしたら納得するだろうか。 それを考える時間はまだまだ十二分にありそうだ。 今日の夜は、きっと長くなるだろうから。 カウンター席で雑談に花を咲かせている、ちょっと変わったお客さんを見て、莉玖はくすりと笑った。