イチボシさんのゴースト「同心よつぐ」で二次創作させていただきました。 ありがとうございます。 拙者はまだまだ半人前にて、きゃらくたぁと言うものを上手く表現できぬ故、原作のよつぐ殿とゆゆ殿とは少しばかり違っているかもしれませぬ。 苦手な方は、くれぐれもご注意くだされよ。 前口上はこのぐらいにするでござる。 ではでは、ごゆるりとお楽しみくだされ。 ---------------------------------------------------------------------------- その壱 掃除でござる! それは、ある日のことでござった。 主殿が稼業でいない間、拙者が屋敷の留守を預かることになったのでござる。 主殿は、江戸から突然やってきた拙者と相棒の兎、ゆゆちゃんを寛大な心で出迎えてくださったお方にて、常々お世話になっているでござる。 故に、拙者は心して御殿をお守りいたします所存でござる! …………ああ! 申し遅れたでござる! 拙者、名はよつぐでござる。 此度は、将軍様の命を受け、主殿の御殿と周辺の見回りに参上仕った同心にござる。 まだまだ未熟者故、度重なる失敗もあれど、修行を積んで一人前の同心になると志しているでござる。 さても参りました主殿の館は、見るも霊妙語るも至難な品々ばかりに満ち満ちて、まさに金殿玉楼の一言でござった。 恥ずかしながら、拙者、初めて拝見しましたときは、目移りの止まらぬこと、方々を見渡しては目の回る思いがしたものでござる。 しかして、この由々しい邸宅を任されたときは、拙者にとってもゆゆちゃんにとっても一大事でござった。 手を振りつつ玄関を離れる主殿を前に、拙者、どんと胸を叩いたでござるが、すでに破裂せんとばかりに脈打つのを抑えられずにいたのでござる。 方今、拙者は一人部屋の真ん中にて、ぽつりと途方に暮れているのでござる。 はたして、拙者はこの並々ならぬ屋敷で、何をいたせばよいのでござろうか。 「寛いでくれていいとは聞いているが、何もしないでいるのも落ち着かないよな」 「うむ、拙者も主殿のお役に立ちたいでござる」 「とりあえず、掃除でもしようか。最近は多忙らしく、片付ける時間もないそうだからな」 よくよく隅を見れば、塵と埃が溜まっている様子でござった。 「そうでござるな! まずは部屋をきれいにすることから始めるでござる! がんばるでござるよー!」 そう申しまして、腰に下げた刀を引き抜いたのでござる。 気合を入れ、柄糸を握り締めると、丈夫に打ち付けた鉄でさえ断ち切れる心地でござった。 「待て、よつぐ! 掃除に刀は不用だ! とりあえず、あのコロコロという道具を使おう!」 「殺殺とな!? うむむ、なんとおぞましき名を持つ武器でござるか! 平成の世の掃除は命懸けで行うものでござったか……!」 「変な漢字をあてるなよ!」 ともかく、その殺殺という道具を使って、まっととやらの上を転がすと、おもしろいことに埃や抜け落ちた髪がくっついたでござる。 おなもみのごとく、塵を筒に集めるこの什具、愉快にして何度も往復させていると、引っ付かなくなっていたでござる。 ゆゆちゃんに聞くところ、てーぷというものを剥がせば、もう一度使えるとのことでござった。 それは真にて、部屋のあちこちをころころと転がしては剥がし、転がしては剥がし、としている間に、芯が出ていたのでござる。 そうしたら、ゆゆちゃんに無駄遣いをするなと叱られたでござる。 江戸の者は、品物を大切にするでござる。 箪笥は壊れるまで使い、修理できぬほど壊れたら薪に、薪を燃やした後は炭に使うのでござる。 拙者も物を大事にする性分故、すまぬことをしたと気が沈んでしまったでござる。 「まあ、次から気をつければいいじゃないか。換えのテープもあるみたいだから」 ゆゆちゃんが気遣って言ってくれたでござる。 失敗は取り返せばよろし、気を持ち直したのでござった。 あと、これは今になってわかったことでござったが、ころころと転がして掃除する道具故、コロコロという名がつけられたのでござるな。 思っていたよりも安直でござる。 「よし、これで少しはきれいになっただろ。全部やるのは大変だからな」 「次は何をするでござるか?」 「そうだな……。マットとか、布団や枕のシーツとか汚れているし、服も洗い残しがあるし……、洗濯するか」 「おお! あの回転する風呂の機械を動かすのでござるか! 拙者たちも一緒に入ってしまえば体も洗えて楽でござるな!」 「……お前、洗濯機に入るつもりか?」 「あれはそういう機械ではなかったでござるか?」 「全然違うわ!」 機械とは、難しいものでござるな。 一先ず、拙者たちはまっとやしーつを抱えて、意気揚々として洗濯機に向かったでござる。 その弐 洗濯でござる! 「さて、この洗濯機とやらはどうやって使うものでござったか?」 「まず、この蓋を開いて洗濯物を入れるだろ。次はここに洗剤を入れる。その後は蓋を閉めて、電源を入れて……」 「わーわー! そんなに一度に言われたらわからないでござる! 順番に説明するでござる! よいな、ゆゆちゃん!」 「……ああ、わかった」 拙者は言われたとおり、まず蓋を開いたでござる。 次に、洗濯物を入れて……、むむ? うまく入らないでござるな。 特にまっとやしーつとやらが嵩張ってなかなか難しいでござる。 えいやと体重をかけて押し込み、その上に着物類を入れたのでござる。 念のため、刀を鞘ごと抜いて、さらに詰め込んだでござる。 「お前、武士の魂になんてことを……。いやそうじゃない! 服はちゃんとネットに分けろ! 入らないなら別々に洗濯しろ!」 「ねっと? 網? それは、漁網のようなものに入れるでござるか?」 「そんなことしたら洗濯機が壊れる!」 いやはや、洗濯機というものは、なんともでりけーとな機械でござるな。 頭を悩ませているうちに、ゆゆちゃんが手際よく、着物を網にまとめていたでござる。 「先にマットとシーツを洗っちまおう。大きくて乾きにくいからな」 「ふむふむ」 そう言いながら、それらを洗濯機の中に入れたでござる。 「次はここに洗剤を……。ああ、あれだ。俺じゃ届かないから代わりにやってくれ」 「御意!」 洗剤を言われた場所に入れるでござる。 とりあえず、たくさん入れれば凄くきれいになるでござろう。 そう思って、どばどばと流し込んでしまったでござるが、これでも少ないでござろうか。 「ゆゆちゃん、洗剤を入れたらどうするのでござるか?」 「よし、次は蓋を閉めて、ここのボタンを押してくれ」 「了解でござる!」 ボタンを入れてしばらくすると、水の注ぐ音がしたでござる。 そのまま様子を見ていると、突然洗濯機が暴れたでござる! 拙者は驚き飛び退いて、抜刀し、白刃を洗濯機に向けたのでござる! がたがたと物凄い音を立てて、その場でもがく様はまるで、獲物を喰らう熊のようでござった! 拙者、同心とは言え、流石に熊と戦った経験はなかったのでござる! しかし、主殿の家を脅かそうものなら、こちらも覚悟を決めねばなるまいな! 「待て待て! 洗濯機は生き物じゃない! 襲って来たりはしないから、さっさと刀を納めろ!」 「む、そうでござるか……」 ゆゆちゃんに宥められて、拙者は刀を納めることにしたのでござる。 鯉口を手で窄め、峰を滑らせ、切っ先から流し込むように入れるでござる。 されば、よろずを吸い込む大瓢箪のごとく、鞘は刀身を咽喉の奥へと飲み込んでいくのでござった。 刃が怒りを鎮めると、己の高鳴りも眠るように落ち着いたでござる。 「そういえば、のう、ゆゆちゃん」 「なんだ?」 「主殿がよく使っている、あの道具は洗わなくてよいでござるか?」 「どれのことだ?」 ゆゆちゃんが悩んでいるようなので、拙者は部屋に戻って主殿のよく使う道具を持ってきたでござる。 「そりゃあ、パソコンだ! 洗濯するもんじゃねえ! ぶっ壊れる!」 「で、でも結構汚れているでござるよ?」 「そういう機械は、俺たちには難しすぎるからいいんだよ! それは元あった場所に置いて来い!」 そう言われて、拙者はぱそこんを部屋に戻したのでござる。 「それにしても、洗濯が終わるのを待っている間は暇でござるな」 「そうだな……。そろそろ休むか?」 「それはいかんでござる!」 「そう言ったってなあ……。俺たちにできそうなことはあまりないんだぞ。下手なことやって迷惑をかけたら……」 「じゃあ、料理をするでござる!」 「料理?」 今日日、主殿は帰りが遅く、お腹を空かせたまま、お疲れのまま大殿籠られているそうでござる。 拙者は、かねてより厚意をいただいている主殿にご恩を返すべく、暖かな夕餉を振る舞い差し上げたいと思っているでござる。 「なるほどな」 「じゃあ、一品だけ作ってみようか」 「ふふふ。主殿に喜んで貰えるような料理を作るでござるよー!」 その参 料理でござる! 「しかし、何を作ればよいものでござるか……?」 「肉じゃがとかどうだ。材料もそろってるし、簡単に作れるぞ」 「それに決めたでござる!」 ゆゆちゃんは、最初に材料を切らなきゃなと言って、冷蔵庫という機械から人参やじゃがいもを出してきたでござる。 拙者、切ることにかけては得意中の得意にござる! ここは拙者の腕の見せ所でござるな! 拙者はゆゆちゃんから少し距離を置いて呼びかけたでござる。 「おーい! ゆゆちゃーん! こっちに人参を投げるでござるー!」 「投げるって、お前何するつもりだ!?」 「拙者、この愛刀で見事、食べやすい大きさに切り分けてくれようぞ!」 「馬鹿言うんじゃないよ! 包丁で切れ!」 「むむう……。なれない刃物を使うのは不安でござるな……」 少々、戸惑いながらも人参を切るでござる。 不恰好な形ではござったが、食べやすいように小さく切ったのでござるよ。 「主殿が帰ってきたら『お帰りなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わたし?』と申し上げて出迎えるでござる!」 「お前、どうしてそんなことばっかり覚えてるんだよ!」 「俗に言う、花嫁修行でござる!」 「同心の修行はどうした!?」 人参を切り終えたら次はじゃがいもでござる! 「じゃがいもはちゃんと芽を取るんだぞ! そのまま食ったら腹に来る!」 「それぐらいはわかっているでござる! 心配は無用でござる!」 「お前、食い物に関しての理解は早いな……」 「はっはっは。昔から言うでござる! 腹が減っては戦はできぬと!」 「武士は食わねど高楊枝とも言うが!?」 全部の野菜を切り終えたら、次は肉でござる! しかし、肉を探そうと思ったそのときでござった! 拙者、情けなくも、突然床に現れた影に慄いてしまったのでござる! 「げっ、あの虫が出たか!」 「おのれ〜! 主殿の宅に現れるとは不届き千万! 拙者がしょっ引いてやるでござる!」 拙者は抜刀し、構えを作ったのでござる! 「この同心よつぐ! いざ参る!」 「だから刀を抜くなって! 危ない!」 「とくと見よ! かの剣豪、佐々木小次郎殿が編み出した奥義、燕返しにござる!」 三尺に満たぬ抜き身は、拙者の体形に合わせて特別に拵えた逸品でござる! 拙者はそれを目一杯に振り下ろしたのでござる! 剣尖は袈裟を描き、斬り上げた鋭刃が先の軌跡をなぞるのでござる! 「うわああああ! フライ返しが真っ二つだあああ!」 なんと、すばしこい敵でござろうか! 間一髪のところで敵はひらりと身をかわしたのでござる! この剣を避けるとは、うむむ、敵ながら天晴れでござる! 彼奴めは、此処の戦では地の利を得られぬと読んだか、居間の方へと逃げ去ったでござる! 拙者はただちに追ったでござる! その早きこと、忍の術にもよく似た稲妻のごとしでござった! その肆 主殿のお帰りでござる! 「ま、待て! そっちは行くな!」 ゆゆちゃんがそう叫んでいたのでござるが、そのときの拙者には届いていなかったのでござる。 果ては、家を守るという任務を全うする責に追われていたのか、聞く耳を持てなかったのではござろうか。 かくも、拙者は彼奴めをお縄につけることばかりを考えていたのでござる。 拙者は居間に飛び込み、逃げ回る彼奴に切りかかったのでござる! 水平斬りを為さば縦に飛び、真っ向斬りを為さば横へと、巧みに逃げるのでござる! 果ては、居合いの技を試せど、全て空を斬るに留まったのでござる。 そして彼奴は壁を走って上っていくのでござった! 「くっそお! よつぐを止めるにはあれを倒すのが先決か!」 ゆゆちゃんはそういって、何か筒のような道具から、霧を吹き出したのでござる! その霧が壁を包むと、彼奴はこちらに向かって飛んできたのでござる! 「隙有り!」 拙者がすかさず繰り出した、右の上へかけての斬り上げは、迷うことなく彼奴を捕らえたのでござった! 彼奴めは、真っ二つとなって床に落ちたでござる。 それをゆゆちゃんがすばやくゴミ箱に入れ、その場を丁寧に磨いたのでござる。 拙者は刀油と布を以って、刀身を塗り、紙にて拭った後、剣を納めたのでござる。 敵を討ったこの刀、誇らしげに鞘へと戻ったのでござる。 そして、拙者も多少の精進を肌に感じたのでござった! 「さてと、ゆゆちゃん! 虫退治も無事に済んだ故、肉じゃが作りに戻るでござるよ!」 「…………この部屋を片付けてからな!」 「片付けでござるか……?」 そのとき拙者が見たものは、滅茶苦茶に変わり果ててしまったお部屋でござった! 箪笥は倒れ、小物は落ち、壁まで汚れている有様でござる! 一体いつの間に、さては、先ほどの敵の仕業でござろうか! 「お前が刀振り回すからだよ! また派手にやらかしたなあ、おい!」 なんと拙者がしてしまったことでござったか! して、今になって、白昼夢から覚めたように事の大きさを悟ったのでござる! 「あわわ……! いったい、どうすればよいでござるか……?」 「正直に謝るしかないだろ……」 「そ、そうでござるな……。かくなる上はこの腹切り裂いてでも……!」 「そ、そこまではしなくていい!」 拙者がどうしようもなくすまなく思っていると、部屋の向こうからなにやら凄い音がしたのでござる。 「な、なんだなんだ!?」 慌ててその方へ向かってみると、待っていたのは泡を吹きだす洗濯機でござった! 「うわわわ!?」 「うおい、よつぐ! いったい何をやったんだ!? 「な、なにって、ゆゆちゃんに言われたとおりにやったでござる……」 「洗剤の量はちゃんと守ったか!?」 「よくわからないけど、三合ほど入れたござる」 「多すぎだよ!」 今度は台所から音がしたのでござる。 見れば、鍋が吹き出していたのでござる! 「ちゃんと火をとめてなかったのかよ! 火事の元なんだから気をつけろよ!」 「む、むう……、江戸でも火事は恐ろしいでござる」 大事にならぬよう急いで火を止めたはよいが、すでに家はあちこちが手のつけられないほどに乱れていたのでござった。 「…………どうするんだよ、これ」 「さ、さあ……」 家を任されたにも関わらず、こんなにしてしまっては主殿に合わせる顔がないのでござる……。 拙者、顔を上げられず俯いたままでござった。 突然、体から力が抜けて拙者は倒れこんでしまったのござる。 おそらく、今朝から緊張していた疲れが出たのでござろう、そのまま瞼が重くなるのを感じたのでござる。 「お、おい、よつぐ! 大丈夫か!?」 ゆゆちゃんの声を聞いて、はっと気づいたのでござる。 このままではいかんでござる。 ちゃんと部屋を片付けて、暖かい食事を用意して、主殿を出迎えねばならないのでござる。 そう思って立ち上がろうにも、どうしようもなく動けなっていたのでござった……。 そのまま、拙者は意識を失ってしまったのでござる―――― 夜の帳が下りた頃。 その家の主は帰ってきた。 そこで見たものは、切ったままの野菜と、泡を吐いてとまったままの洗濯機と、荒れ放題の部屋。 玄関の傘立てが倒れ、靴がそこらに転がっていた光景だった。 「すまない……。よつぐも、役に立ちたいと思って頑張ったんだ……。どうか叱らないでやってくれ! このとおりだ!」 床に突っ伏したまま眠るよつぐと、頭を下げるゆゆちゃんの姿がそこにあった。 その日から数ヶ月の間、よつぐは減俸を受けたそうだ。 よつぐは今でも現代のお勉強と、同心としての修行を続けているという。 完