RDさんのゴースト、ロスト・ユー・サムウェアで二次創作させていただきました。 ありがとうございます。 原作にない設定、原作とは違った設定などなど色々あると思いますので、苦手な方はご注意ください。 ---------------------------------------------------------------------------- 「今日も売れたらいいなぁ……」 思わずそんな一言がこぼれ落ちた。 「ちょっと休憩しよっと……」 私は自分に言い聞かせるように呟いた。 道端に転がっている大きめの岩に腰を下ろす。 岩の表面はひんやりとしていて、ここに至るまで歩き通しで火照った体にはちょうどいい心地よさだった。 手荷物を足元に置く。 布の覆いが半分ほど落ちかかっていて、バスケットの中身が見えてしまっている。 歩いていたときの揺れでめくれてしまったのだろうか。 おそるおそる覆いをとる。 丁寧に並べられた装飾品の金属部分は朝日を浴びてきらめいている。 私はそのうちの一つをつまんで、まじまじと見つめた。 アクセサリーの顔となる宝石――――だったらよいのだが、あいにくただ磨いただけの石である――――にはどこにも傷跡のようなものはみとめられない。 装飾品が無事なことを確認すると私はほっと胸をなでおろした。 お世辞にも匠の為せる技とは言えないような出来栄えだ。 しかし、それでもこのアクセサリーは自分が丹精を込めて作った大切なものであることには違いないのだ。 そうでなくても、これは今日市場で売りさばくための重要な商品になる。 人に使ってもらうための道具に、傷跡など許されないのだ。 「もっと質の良いものが作れたらなぁ……」 未熟な腕を嘆いたところで商品が売れるわけではない。 ただ自分の技術を上達させるしかないのだ。 宙にかざしたアクセサリーが指先できらりと光っていた。 そうは言ったって技術の上達には長い時間を必要とする。 道具の扱い方も、知識も、経験もそうだ。 しかし、今の自分にはそれらを積み重ねていけるだけの余裕もなければ手段もない。 私はため息をついた。 突然、鳥が視界に入ってきた。 「わあっ!?」 急なことに驚いて手の力が緩む。 「あたっ!」 指先から滑り落ちたアクセサリーが額にあたる。 その拍子にバランスを崩して、私は岩から転げ落ちた。 「いたた、うぅ……」 私は起き上がって周囲を見回した。 先ほどの鳥が私を見上げている。 「あっ、商品を!」 私が捕まえようとすると、鳥は逃げるように飛んで行った。 くちばしに私の作ったアクセサリーを挟んだまま。 「こらー! 返しなさーい!」 空に向かって叫んだ。 まさか、鳥に商品を奪われるなんて。 当然、鳥が代金を払うはずもなく……。 「もーっ! なんなんですか、今の鳥はー!」 私は地団駄を踏んだ。 今日はついていないのかもしれない。 ----------------------------- 街には人が溢れかえっていた。 私は目を丸くする。 こんなにも多くの人を見るのは久しぶりだ。 辺境に位置するこの街に、遠方から人が訪れることはまずない。 ここの城壁から一歩でも外に踏み出せば、そこに待ち受けるものは妖精と怪物が棲む広大な世界だけである。 文明圏と未開地の境界線上に栄えるこの街を、訪れる人々の多くは冒険者だ。 彼らは遺跡に眠る財宝や未だ見ぬ別天地を求めて、都市や文明の土地を発つ。 この街は、そんな彼らにとって最後の楽園なのである。 それにしても、今日の人の多さと言ったら。 特に見慣れない衣服や装束などに身を包む人が多いようだ。 とにかく、様々な出で立ちの異邦人があちこちに見受けられた。 それもそのはず、最近になって、この街の近くで新しい遺跡が次々に見つかったからである。 数年ぶりの吉報に、都市ではずいぶん騒がれたとラジオで聞いている。 この様子だと、今日の市場も色めき立っていることだろう。 冒険者や研究者がこぞってこの地方を訪れるのも、それを見越した商人がこの街に宿を借りるのも、すべてそれが始まりであった。 何を隠そう、私もその一人である。 この機に乗じて生活費を得るために、数か月も前から商品を準備していたのだから―――――― 色とりどりの雑踏をかき分けて、私は広場への道を急ぐ。 馬車と人々が行き交う通りを小走りに進みながら、時折こんな会話を耳にした。 ――――この店も品切れだ……。 このままでは装備が不安だな―――― 治療や防護用の道具を扱った店は他にないのか―――― そう、私の狙いはここにある。 宝を求めてやってきた冒険者達の考えることは同じで、この街で最後の準備を終えるのだ。 前人未踏の遺跡を探索するのに、不十分な備蓄で臨む冒険者はいない。 故に、この街の店という店はどこも品切れになることは容易に予想できる。 しかし、そんな些細なことで眼前の財宝をみすみす諦めたりはしない。 それが冒険者の性である。 不測の事態に備えて、少しでも装備を整えるのは冒険者にとって必須だ。 たとえ、安物であったとしても、ないよりかは良いはず。 私の商品はまさに打ってつけなのだ。 私が作る商品というのはアミュレットのことだ。 材料には石や、動物の牙や骨などを利用する。 それを丁寧に磨いたり、加工したりして、最後に魔法の力を込める。 すると、外部からの衝撃をやわらげたり、魔物の攻撃から身を守ってくれる道具になる。 アクセサリーとは名ばかりの、言ってみればお守りのようなものである。 広場の一角にたどり着くと、たちどころに商売の始まりである。 めぼしい冒険者を探しては、手当たり次第声をかけていく。 私の商談は挨拶に始まる。 続いてちょっとした雑談に花を咲かせ、その途中で冒険の話題に移っていくのだ。 「こんな道具が足りなくて困ってるんだ」などとうっかり不満をこぼしてくれればベストだ。 そこで、客のニーズに合うような魔法の道具を提案する。 客が迷っている素振りを見せたときが勝負である。 安価な商品でも、どんな状況でいかに役立つかを売りに押してみるのだ。 説明するときに嘘はつかない。 嘘をついて得られる利益より、私のリスクのほうが大きいからだ。 信用問題に関わって、売れなくなっては商売どころではない。 悪評が流布している中で商談をまとめられるような悪知恵もなければ、失敗したときにやり直す余裕もないのだ。 それに、冒険者達も自分の身の安全がかかっているのだ。 装備を買うのに警戒しないはずがない。 ましてや、不良品を売りつけたことで恨みを買ってはたまらない。 故に、へたに相手を騙すよりかは誠実であるほうが重要だと思っている。 少なくとも、私の商売はそうしないと成り立たないのだ。 「うーん、残念です。では、またの機会に」 アミュレットを買う客層は大体決まっている。 数少ない常連かトレジャーハンター、あるいは駆け出しの冒険者である。 彼らは何かと物入りであったり、万が一に備えて買ってくれることが多い。 他には病気などで身体能力に不安を感じている人ぐらいだろうか。 「ありがとうございました。今後ともごひいきに」 ちょうど立ち去ったばかりの客は、見たところ相当な手練れである。 顔に刻まれた大きな傷跡、使い込まれた武器、手の甲にも届く刃傷などを見るに、何度も死線を潜り抜けてきたことは明らかだ。 彼が買っていったアミュレットは、魔法の充填に上手くいったものだった。 私が作ったものの中では上出来である。 そのアミュレットは持っているだけで強力な衝撃を防いでくれる。 並大抵の魔物では歯が立たないだろう。 よほど危険な怪物でもない限り、この守護を打ち破ることはできないはずである。 ただ、一回しか使えないのが欠点だった。 何回も使えるのであれば、目玉商品になったのだが……。 とにかく、それを迷いなく選び抜いたあたり、魔法の知識も備えた実力者でもあるようだ。 そんな彼の言葉を借りるならこうだ。 「遺跡においては、ちょっとした油断や失敗が冒険者の生死を左右する。例え一回きりでもそれを防げるのなら心強い」 豪傑は頬の傷跡を撫でながら、静かに語っていた。 彼の言葉の裏にはそう言わせるだけの重みがあった。 死と隣り合わせに生きるのが冒険者の常である。 だから、彼のような一流の冒険者は一級の道具を使う。 残念ながら、私のアミュレットが一流の冒険者の目に留まることはほとんどないと言ってもいいだろう。 彼はめったにない例外の客だった。 売れるときもあれば、売れないときもある。 あくまでも一連の流れは理想であって、絶対にうまくいくわけではない。 買う人は買うし、買わない人は買わない、結局はそういうことなのだろう。 ただし、いきなり商談を持ちかけるのは避けるように心がけている。 出会い頭にお金のことについて話すなんて、欲深で品がないように思えるからだ。 何より、買わせようという魂胆が見え見えの商人に、誰が好き好んで関わろうとするものか。 「とは言っても、私はそれ以前の問題だよね……」 この数日間で、アミュレットの売れ行きは下降気味である。 今日という今日は特に酷かった。 売れたのはまた先ほどの一個だけ、今朝からずっと呼びかけている雑踏には見向きもされなかった。 立ち寄った客は数名いたが、全員がすまなそうな顔をして去っていった。 おそらく、冒険者達は街がごった返すことを予想していて、都市であらかじめ買っていた人も多いのだろう。 買い忘れた人は他の店で買っただろうし、今日のこの街なら私でなくてももっと品ぞろえのいい商人など、ライバルも多数いる。 つまり、私の見通しは大きく外れていたのだった。 「発見されたばかりの遺跡で、しかも、明日が探索の解禁日だから……。一番乗りを狙って来るのが普通だよね……」 一番乗りするためには、この街で装備を買う余裕なんてないことはちょっと考えればわかることだった。 既に急な入用を揃えた冒険者は明日の探索に備えて休息を始めているだろう。 きっと、都市部に店を構える商人達は一儲けできたに違いない。 「もしも、何週間か前の時点で都市まで売りに行っていれば……」 私ははっとして、悪い考えを払うように首を振った。 このままではいけないことぐらいわかっている。 自分の見落しが招いた後悔は思っていたよりも大きかったが、仮定した状況の空想に耽っていても仕方がない。 今の自分がやるべきことは、この街で売り上げを出すことなのだ。 私はひとり頷いた。 そうだ、後悔に浸っている暇なんてない。 ひとまず、場所を変えてみよう。 そうしたら、また立ち寄ってくれる人が見つかるかもしれない。 私は決意を新たに、もう一つの広場に向かって踏み出した。 「あのー、防御魔法の道具とかって売ってませんか?」 そこで突然、そんな声が耳に入った。 しかし、ちょうど別の商人とすれ違ったので、おそらくその人を呼び止めたお客がいたのだろうと思って振り返らなかった。 「ちょ、ちょっと待ってよ。君、アミュレット売りじゃないのか?」 肩をつかまれて振り返る。 そこにいたのは、人の好さそうな青年だった。 「え、あ、はい……。そうですけど、何か?」 急なことに驚いて、それだけしか言えなかった。 「何か……って。俺はアミュレットを買いたくて声をかけたんだけど……」 呆気にとられた様子で彼は言った。 「も、もしかしてお客さんですか?」 「だから、そうだって言ってるじゃないか」 「それは、その、失礼しました……。考え事してたので、つい……」 慌てて取り繕う私を見て、彼は怪訝そうな顔をした。 「……ふぅん」 私はその様子になんとなくムッとする。 それでも、ようやくお客さんが自分からやってきたのだから、これを逃す手はないと思って会話を繋いだ。 「ええと、防御魔法のアミュレットですね。具体的にはどんなものをお探しですか?」 「なんでもいいから、とにかく説明してよ」 彼のいい加減な言い草に腹が立つ。 防御用のアミュレットを買いに来るということは、彼も冒険者なのだろう。 よく見ると、腰には短剣を下げている。 今のところ装備らしいものはそれぐらいである。 背丈は私と同じぐらいだが、年の頃ではおそらく下回るまだ若い青年だ。 それにしても、備蓄用の道具になんでもいいと言い切る様子から察するに、彼は十中八九駆け出しの冒険者だろう。 おそらく、装備を買いたいが、まだ新米なのでお金に困っているのだと目処をつける。 彼が探していたのは安価なものを売ってそうな人、そこに私が選ばれたのだろうか。 確かに、私が安いものを売っているのは事実だが、自分の作ったものに誇りを持っている。 それを雑に見繕ってくれなどと言われては反感も覚える。 この苛立ちに任せて、品質の悪いものを売りつけてやろうかと思った。 しかし、それが原因で死なれたら私も寝覚めが悪いので、とりあえず質のいいものを説明する。 駆け出しの冒険者が些細なことで命を落とすニュースなど、結構な数で耳にする。 彼らにこそ上質な魔法の道具が必要なのだ。 「私が売っているアミュレットには主に衝撃を緩和する魔法が込められています。こっちは背後からの不意打ちを防いで……」 「わかったわかった。じゃあ、それ一個ずつ」 彼は最後まで聞くどころか、手をひらひらと振って中断させようとする。 無理に言葉を抑えられて、私は我慢の限界だった。 「もう、なんなんですか! 頼まれたから説明したのに! あなたには何も買ってくれなくても結構です!」 ついに怒りを露わにしてしまった。 しまったと思ったが、私もこの客の相手をするのが嫌になったので、これを皮切りに移動することにした。 この人にどんな風に思われたって知るもんか。 私は説明のために取り出していたアミュレットをしまって立ち去ろうとする。 すると今度は彼が慌てて、私の腕をつかんだ。 「ま、待って! ごめん、俺が悪かったよ! だから、アミュレットをください!」 「四シリングですよ」 「買う! 買うから!」 魔法の道具を買うとなると、やはりそれなりの値がつくものである。 上質なものになればなるほど、当然ながら価格はうんと高くなる。 それが二つで四シリングというのは比較的安いほうであるが、私が作るものの中ではとても高い。 普段は、一個十ペンスから一シリング以内で売っている。 今日はもともと質がいい商品ばかりを用意していたので、最大の価格で売るつもりだったのだが、その倍をあえて言ってみたのだった。 安物を四シリングも払って買うはずがない、と狙ってのことである。 仮に一個が二シリングの金額で売れるなら、私の商売としては大成功ではあるのだが、こんな状況になると話は別である。 「……本当に買ってくれるんですか?」 「買うって! 他の商人はみんな足元を見やがるんだ。たった一個で十シリングなんて、俺には買えないんだよぉ!」 青年は悲痛な叫びを上げた。 予想した通り、彼は駆け出しの冒険者だったようだ。 一個十シリング、私の作るアミュレットと比べると十倍の価格である。 その分、性能は保証されるに値するだろう。 彼のような新参の冒険者にはちょっとばかし値が張ると思われるが、一般的な冒険者には最低でもそれぐらいのものが必要である。 それより安いものとなると、選択肢はさらに限られることになる。 下手すれば、私の作るアミュレットよりも性能が低いのに、一つで何シリングもするような不良品をつかまされるのだ。 それと比べれば、二個で四シリングなど、どうということはない。 むしろ、願ったり叶ったりだろう。 彼の泣き言にも頷ける。 「ちゃんと、最後まで説明を聞いてくれますか?」 「聞きます! 聞きますから、売ってください!」 私は青年に向き直った。 まだ、完全に許したとは言えないが、相手の事情を知ってしまったからには見過ごすのも難しい。 私としても、商品が売れるならそれに越したことはないわけだし。 とにかく言質はとったので、次に余計な口を挟んだら使ってやることにする。 「じゃあ、改めて説明しますね」 「お願いします」 コホンと咳払いをして、私は再び説明を始めた。 「私が売っているアミュレットには主に、障壁の魔法が込められています」 「衝撃を緩和するんだよな」 「そうです。物理的なものに限りますが」 私は言葉を続ける。 「使い方には二種類あって、自由なタイミングで使えるものと、不意打ちを防ぐために自動で発動するものです」 青年は頷きながら説明を聞いている。 「ただし、どちらも緩和してくれるのは一回だけ。魔力が残っていれば次があるかもしれませんが……、過信は禁物です。基本的に使い捨てだと思ってください」 「お、おう……」 彼は難しそうな顔をして考え込んだ。 どうやら値段をとるか、性能をとるかで悩んでいるようだ。 頭をかきながら、しきりに「無理して高いの買うのもなぁ」などと唸っている。 性能が生死を左右するかもしれないのだ、秤にかけるのもごもっともである。 そういうところはやはり冒険者であるらしい。 「よしっ、決めた。自由に使えるのと、不意打ち対策用の一個ずつください」 そう言いながら、四シリングを手に乗せて差し出してくる。 私はそのうちの二シリングを取って、なるべく魔力の残量が多いアミュレットを二つ渡した。 「四シリングじゃなかったのか?」 「本当は一個一シリングです。さっきはわざと高い値段を言っただけですから」 「ああ、そうだったんだ……」 本来の値段を聞いて安堵しているようだ。 たった二シリングの差かもしれないが、お金に困っている人間には十分大きな額である。 彼は受け取ったアミュレット見つめた。 初めは、喜びで興奮していたが、みるみる内に残念そうな表情に変わっていった。 「なんだか安っぽいね」 「拾った石などを磨いて、それに魔法を込めて作るんです。それでもちゃんと機能します。文句あるんですか」 「いや、その……」 笑顔を作ってごまかそうとするが、そうはいかない。 私が口を結んで見つめていると、青年はバツが悪そうな表情を浮かべた。 沈黙の圧力に耐え切れなくなったのか、彼はついに口を開いた。 「……悪かったよ」 私は何も言わなかった。 もう二回目である。 さて、このお調子者をどうしてやろうかと考えていると、向こうが勝手に償いを持ちかけてきた。 「お詫びにさ、遺跡でアミュレットの材料とってきてやるよ。だから、機嫌直してくれよ」 彼の提案をしばらく考えてみたが、それも悪くはないと思った。 私がいつもアミュレットの素材を集めに行くところは大体探し尽くしているので、あまり多くは見つからないのが実情である。 仮に見つかったとしても、材料は普段と同じなので、最終的に出来上がるものはいずれも似たり寄ったりなものにしかならない。 これでは店に並ぶ商品も限られてしまう。 一方、遺跡には過去に存在していた文明の遺産や財宝、未知の物品が数多く眠っている。 残念ながらそのほとんどは冒険者たちに回収され、すでに人々の手を渡り歩いているところだろう。 しかし、私に必要なものは石や動物の骨などといったアミュレットの素材である。 地質学の研究者や考古学の第一人者でもなければ、まず目もくれないような代物ばかりだ。 それなら遺跡の内部にいくらでも落ちているだろうし、無くなることもない。 意外と素材として使えるものがあるかもしれない。 もし、それで良質なアミュレットができるなら、むしろお釣りが来るぐらいである。 以前から遺跡に行って採集したいとは思っていたが、遺跡に潜む妖精や怪物に遭遇する可能性を考えると、やはりためらってしまう。 私には真っ当に戦えるだけの力があるとは言えないので、日ごとにそう願うだけで終わっていたのだった。 それを、彼は何の見返りもなく代行してくれると言うのだ。 駆け引きの甘さが目立つという点で、彼は私以上の素人である。 こちらが下手に出ることもないだろう。 「…………本当ですか?」 念のために真意を確認する。 「本当だよ。遺跡を探索するついでだけどな」 確かに、探索の片手間にできることではある。 彼の負担もそんなに大きくはないだろう。 それならば、さっさと話をまとめるに越したことはない。 無報酬であることに彼が気付かないうちに、約束を取り付けてやることにする。 「ではアミュレットの材料、お願いしますね」 「へへっ、任しとけって! 石ころの一つや二つ、すぐに持って帰ってきてやるからな!」 彼は腕まくりをした拳を握って、不敵に笑って見せた。 ----------------------------- 翌朝、私は再び街にやってきた。 昨日はちょっとした取引の相手が舞い込んだが、売り上げは当初予想していたものよりも下回っている。 己の甘さによって起こった失敗を取り返すためにも、今日こそはアミュレットを売らなくては。 とは言うものの、街がごった返していた昨日に比べると人影はまばらである。 遺跡探索の禁が解かれたばかりなので、冒険者たちは今頃血眼になって財宝や遺産を探しているに違いない。 この時点で街に残っているのは遅れてきてこれから出発する者か、もしくは早々に切り上げた者か、はたまた探索を断念せざるを得なかった者といったところか。 そういえば、昨日の青年はどうしているだろうか。 私のアミュレットを買っていった数少ない客である。 防護の魔法はしっかりと効力を発揮しただろうか。 トレジャーハンターとしては駆け出しだったので、危険な目に遭っていなければよいのだが…………。 「君、ちょっといいかい」 男性の声が私の思考を遮った。 「はい。もしかして、お客様ですか?」 彼は私の問いかけに答えない。 その代わりに全身をじろじろと見てくる。 「あの、何か?」 少々、居心地が悪いし、会話も進まないのでとりあえず要件を聞いてみることにした。 すると彼は額のあたりに手を持っていき、大げさなリアクションをとって言った。 「ああ、すまない。僕としたことが、可憐な君に少しばかり見惚れてしまっていたようだ」 「は、はぁ……」 調子を狂わされて、思うように次の言葉が出てこない。 私が何も言えないと知るや否や、彼は話を続けようとする。 「少し時間をとれないかい? 君と二人っきりで話がしたいんだ」 「あいにくですが、私は忙しいのでお断りします」 いくらなんでも、初対面の人と二人きりになろうとは思わない。 重要な商談ならともかく、こんな相手とだなんて、なおさらお断りである。 私がはっきりと拒絶すると、彼は顎に手を沿えて考える。 「君はここで何をしているんだね?」 「アミュレットを売っています。私が防御の魔法を込めて作ったものを売っているんですよ」 まだ私について話を進めるつもりらしい。 ええい、面倒臭そうな相手だから、さっさと買うか買わないかの話に移ってしまおう。 そう決めた私は、バスケットからアミュレットを取り出した。 「このアミュレットは、衝撃を防いでくれる防護の魔法を込めて――――」 「ねえ、君。名前はなんて言うの?」 説明の途中で口を挟まれたので、油断して、素直に答えてしまっていた。 「……はい? ルストリカです」 「おお……、ルストリカ! なんと、なんと素敵な名前だろう!」 彼は胸の前で、まるで神に祈るかのように手を組んで、それから大きく髪をかきあげて言った。 そして、彼は熱のこもった目で私を見つめる。 「僕に恋の魔法をかけたのは、……君だね?」 ――――世界には、変わった人がいるんだなぁ。 というのが私の感じた第一印象である。 これでも極力言葉は選んだつもりだ。 「………………」 呆気にとられてものが言えないだけなのだが、彼ならそれさえも都合よく解釈しそうではある。 例えば、黙っているのは私が恥ずかしがっているから、とか。 「どうしたんだい、子猫ちゃん。そんなに照れてないで僕と一緒に行こう」 ビンゴだった。 彼はそう言うと、すぐさま私の手首をつかむ。 「あっ、は、離して!」 なんとか引きはがそうとするが、私の力では到底叶うはずもなかった。 「もう離さないよ」 「こんなことやめてください!」 ズルズルと引っ張られて、転びそうになったので、反射的に数歩歩いてしまう。 目の前に彼の体がどんどん近づいてきて、最終的にどうなるか……、考えただけでも背筋が凍りつく。 このまま彼の言いようにされるのだけはどうしても我慢ならない。 「やめてって言ってるじゃないですか! こ、このおっ……!」 なりふり構ってはいられないので、ぎゅっと目を閉じて、彼を全力で突き飛ばそうとしたその時―――― 「ぐがあぉ!!」 何かが弾ける音と凄い呻き声が響く。 おそるおそる目を開けると、私から少し離れたところにあるお店の壁にその男性がめり込んでいた。 一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐに手で握っていたものに気が付いた。 先ほど説明するために出したアミュレットが淡い光を放っている。 その光は弱まっていき、そして消えた。 どうやら、無意識に障壁の魔法を使ってしまっていたようだ。 そこに残っているのはただ磨かれてきれいになっただけの石である。 惨状になってしまった街の一角を見る。 彼は砕けた壁のがれきの上で完全に伸びている。 時々、変な声が聞こえてくるので、一応生きてはいるのだろう。 そこで私はふと我に返った。 「あ、えーっと……。ご、ごめんなさーい!」 周囲の人々が何事かと集まっている中、私は慌てて気が動転していたので、そこからどこを通って逃げたのかは覚えていない。 気が付くと、街にある別の広場までたどり着いていた。 私は壁に手をついて上がった息を整える。 なんとか逃げ切れたのはよかったが、大切な商品をまた一つ無駄にしてしまったのは結構手痛い。 こんな調子だと先行きが不安である。 それにしても、間接的にとはいえ、お店の壁を壊してしまったのが後ろめたい。 しかし、あんな人のために出費を容認するのも癪である。 むしろ彼に修理費を払わせることで反省させるいいチャンスだ。 そうだ、そういうことにしておこう。 私だって損害を被ったわけだし。 とにかく気を取り直して、今度はこっちの広場でアミュレットを売ろう。 「ねえ、アンタ」 決心した矢先にまたもや声をかけられる。 今度は女性の声だ。 振り返った途端、壁際まで追いやられる。 逃げようとするも、腕で両側を囲まれて動けない。 「ちょ、ちょっとなんですか!?」 私は声を荒げて抗議するが、彼女はそれ以上の大声で言った。 「アンタさっき男にからまれてたよな! 今は一人みてーだが、何があった!?」 彼女は眉を吊り上げて、鬼気迫る表情で睨みつけてくる。 その凄みに押されて、言葉を飲み込んでしまった。 どうやら、さっきの男性を知っているようだ。 もしかすると、冒険者のパーティーの一員だったのかもしれない。 だとすれば彼女は仲間の一人だろうか。 「おい、どうなんだ!?」 彼女が求めてくるので、私は一連のことを説明した。 恐怖で声が震えていたので、ちゃんと話が伝わったかどうかはわからない。 「アイツをぶっ飛ばしただぁ!?」 ああ、やっぱり知り合いか何かだったみたいだ。 それなら謝らなくてはならない。 「…………アンタ、それ……」 彼女はうつむいて何かを呟いている。 おそらく怒っているのだろう。 事情が事情とはいえ、彼を気絶させたのは私なのだから。 私、これからどうなるんだろう……。 ギュッと目を瞑る。 本当に、ついてないと思った。 「…………あははは! ケッサクだね!」 私が感じていた不安さえも吹き飛ばすように、彼女は豪快に笑い出した。 「あのバカ、今度はアミュレット売りさんに手出しして、ぶっ飛ばされて気絶だなんて!」 知り合いが酷い目にあったのに、彼女は腹を抱えて笑うほど面白かったのだろうか。 私は彼女の真意が読めなくて、その様子を茫然と見つめていた。 「あ、あの……?」 困惑しながらも話しかけてみる。 「いやー、悪い悪い! 怖がらせちゃったね!」 彼女は私の肩を叩きながら謝る。 力が予想以上に強くてちょっと痛い。 「彼は、あなたの仲間ではなかったんですか?」 私がそう言うと、彼女はさらに一笑する。 「あんなのパーティーに入れたらアタシらの商売上がったりだよ!」 ごめんだねといった様子で手をひらひらと降る。 もう片方の手は腰に当ててあった。 腰には革のケースに包まれた手斧を下げている。 あれが彼女の得物なのだろう、それなりの大きさをしている。 それを振り回して彼女は戦うのだろうが、私では持ち上げるのがやっとといったところか。 改めて彼女を観察する。 癖がかかった長い赤毛、炎のように燃える双眸。 私のそれとは違って、鍛え上げられて太くなった腕と活動的な服装。 全身に精力が漲っているその姿は、アマゾネスと呼ぶにしっくりくる。 やはり彼女も冒険者だったようだ。 それにしても、商売上がったりとは随分な評価である。 「アイツ、都市部では有名な女たらしなんだよ!」 じゃあ、こんな辺鄙な街に来たのは遺跡を探索するためなんかじゃなくて……。 「そうさ! おおかた、都市じゃ誰にも相手にされないからこっちで、ってことだろうね!」 な、なんて情けない……。 私がそんな人に言いように遊ばれていたなんて。 うー、だんだん腹が立ってきた。 あの人に対してもそうだが、何より流されることしかできなかった自分にも。 「実はアタシも昔、アイツに告白されたんだよ!」 「ええっ!?」 「食事に誘われたからね。利用するだけ利用して、レストランで飯を奢ってもらって……、そのままトンズラこいてやったさ!」 「は、はぁ……」 「逃げざまに見たアイツの顔ったらもう……」 話の途中でもよく思い出し笑いをしていたが、ついに耐え切れなくなったのか、そこで再び爆笑する。 「そのときは、どれぐらいご馳走してもらったんですか?」 「確か、ビーフシチューが四つにパン七つ、フィッシュアンドチップスを二つと……、ああもう覚えてないよ! とにかく、たくさんさ!」 彼女はかなりの健啖家であるようだ。 そんなに食べられたら幸せだろうが、奢らされる側にとっては恐怖である。 例に挙げたものの他にも大量に食べたようなので、出費はかさむこと間違いなしだ。 …………少しだけ、本当に少しだけ同情する。 「そりゃ、変な話だねぇ。アンタ、アイツが嫌だったんだろ」 「へ? ま、まあそうですけど……。もしも、それでも真剣だったのなら可哀想じゃないですか」 「アンタは悪びれる必要なんてないよ。それがアイツにとっても当然の報いさ!」 「で、でも……」 彼女の考えがよくわからない。 私の商売は誠実じゃないと成り立たないから、嫌な人が相手でも一応はまともに対応しなくちゃいけない。 故にさっきは悪いことをしたと思った。 それが当たり前だと思っていたけれど、彼女は違うらしい。 「いいかい? 遊びで近づく人間には遊びで対応してやればいいんだよ。そっちがふざけてんだから、こっちに文句は言えない」 彼女は人差し指を突きつけて言った。 「仮に文句を言うってんだったら、アタシはそいつの人格を疑うよ!」 それまでとは違う彼女の真剣な態度に、私は言葉に詰まった。 「アタシはずっとトレジャーハンターでさ、アンタみたいな商売したことないからわかんないけど……」 彼女の迫力に思わず縮こまった私を気遣ったのか、口調を少し緩めて話を続ける。 「誠実ってのはね、誰に対しても馬鹿丁寧な態度をしてやることじゃないんだ」 「じゃ、じゃあどうすれば……」 「相手に合わせた態度で応対してやることを言うんじゃないのかい?」 私はその言葉にはっとした。 確かに、ある意味ではその通りなのかもしれない。 アミュレットの商売だってそうである。 安い対価では、性能の悪いアミュレットしか買えなくて当然だ。 高い対価を必要とするものはその分だけ上質だからであって、それは何らおかしいことではない。 いくら懇意にしている相手だからって、安く商品を譲ったりはしない。 少ししか払わない人に、それ以上の値段のする商品を与える義理もない。 仮にそれが誠実だと言うのであれば、自分が損をするだけじゃないか。 だとしたら、誠実なんてものは誰かにとってのお為ごかしに過ぎない。 さっきのことだってきっと同じなのだ。 私は自分のことを安い人間だなんて思ってはいない。 安い態度で寄ってきた人にまで、まともに相手をするなんて、そんなのは馬鹿げている。 いい加減な態度の相手にはいい加減な応対で十分なのだ。 それに、ちゃんと相応の対価を払っている人と、十分な対価を払っていない人を同等に扱ったら、それこそ不誠実でしかない。 めちゃくちゃな人だけが得をして、普通の人が損をする。 こんなことが許されるはずがないもの。 だから、相手の態度に合わせた応対をすることが誠実であるというのは、間違っていないとは思う。 「そう、ですね……。大切なことに気付かせてくれて、ありがとうございます」 「よしてくれよ、アタシはそんなつもりで言ったんじゃないんだ」 …………私に、できるかどうかは別だけど。 それでも、覚えておかなくちゃいけない。 それだけじゃない、誠実な応対ができるようにならなくちゃいけない。 なんとなくだけど、そんな気がした。 「でも、確かにそうだと思いますから」 「…………そうかい」 彼女は微笑んだ。 「じゃあ、次は男の誑かし方を教えてやろう!」 「ええっ! そんなこと私にはできませんよ!」 「うまくやりゃあ、おいしいものいっぱい食えるぜ?」 「で、でも遠慮します!」 「そうやって普段は食べられないような高いお菓子とかを買ってもらうんだよ! アンタ、シュレーとか好きそうだしね!」 「うっ……」 シュレーはこの街ではもちろんのこと、都市部でも人気のあるお菓子だ。 言われるまでもなく、普段はお菓子などほとんど食べられない私の大好物でもある。 ひとたび口にすれば、誰もがその美味しさに虜になるだろう。 高級なお菓子の中でも特に絶品であり、上層市民のティータイムなどでもよく卓上に並ぶようだ。 とりわけ女性に人気があり、世の貴婦人たちの垂涎の的である。 しかし、そのために男性を騙すというのは気が引ける。 いや、でも、うーん……。 「――――最近、新作シュレーが出たらしいねぇ」 し、新作シュレー……!? 「太陽の恵みをたっぷり受けて育った、南国のフルーツ風味。ほどよい甘さと酸っぱさが織りなす、爽やかな味わい……」 南国のフルーツ……! 「…………お、教えてください!」 「よしきた! ちょいと耳貸しな!」 彼女の吐息が耳にかかって、くすぐったい。 ところが、こっそりと語られる赤裸々な内容に比べると、そんな些細なことは気にもならなかった。 「な、なな……!? そ、そんなことできるわけないじゃないですか!」 「慣れりゃ、簡単だよ。なんならアタシがそこらの男に実演してやろうかい?」 「わー! ダメです! ダメですったら!」 「アンタ、思ったよりウブだねぇ……」 私が大慌てで止めたのがおかしかったらしく、彼女は口元を覆いながらくつくつと笑っていた。 「ま、そんなやり方もあるってことさ! 次いい加減な男に言い寄られたらそうやって騙してやんなよ!」 「いくらなんでもしませんよ、そんなこと!」 躍起になってその可能性を否定した。 シュレーは食べたい。 でも、だからと言ってそんな破廉恥なこと……私にはできない。 うぅ、考えただけで顔が熱くなってきた。 今の私はきっと真っ赤になっているのだろう。 「……まあ、誰にでも向き不向きはあるさ。アタシはアタシ、アンタはアンタ、お互い慣れないことはするべきじゃないのかもね!」 彼女は私の頭に手を二、三回ほど乗せた。 身長は彼女のほうが圧倒的に高い。 私はそれほど大きくはないので、彼女にしてみれば妹を相手する感覚なのかもしれない。 年齢で言えば、私と同じぐらいにしか見えないのだが……、特段悪い心地はしないので気にしないでいよう。 「そういえば、この話知ってるかい」 「へえー、都市でそんなことがあったんですか?」 それからは私たちは雑談に花を咲かせていた。 特に彼女の語るパーティの武勇伝や冒険譚につい興が乗って、時間を忘れて聞き入ってしまっていたのだった。 彼女が仲間のところに戻るからと言って話を切り上げた頃には既に昼を随分と過ぎていた。 当然ながら、その間アミュレットは一つも売れていない。 今朝の決心はどこに行ってしまったのか。 せめて、赤毛の彼女だけにでも売ることができていれば諦めもついたのに……。 「……またやっちゃった」 後悔の波が押し寄せてくる。 ダメだダメだ。 失敗しては後悔しての繰り返しではよくない。 いつまでもくよくよしていないでなんとか商談相手を見つけなきゃ。 失敗は取り返せばいい。 暗い気持ちを振り払うように首を振る。 そして決意を新たにしたところで、後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。 「アミュレット売りさん、こんなところにいたのか」 「あ、あなたは昨日の……」 振り返ると、そこには例の新米冒険者がいた。 何やら大きく膨らんだ袋を肩に担いでいる。 「採集のほうはどうでしたか?」 「約束通り、遺跡に落ちてる石を適当に拾ってきたぜ」 彼はそう言って、袋を地面に置いた。 袋の口が開いて、詰め込まれた石が中でガラガラと音を立てる。 「わあ……、こんなにたくさん……! ありがとうございます!」 私はそこから表面がつるつるの鉱石のようなものを一つ手に取った。 角度を変えたり、光に当てたりして観察する。 自然にできたものには見えないが、人工物とも言い切れない石だ。 やはり、遺跡に落ちている石を一つとっても不思議な要素はあるようだ。 アミュレットの素材として優秀かどうかは実際に試してみないとわからないが、所感だけで述べるのであれば、この石では不適切に思える。 他のものは家に帰ってから確認するとして、今は彼の話を聞いてみよう。 「それにしても本当にいっぱい拾ってきましたね、重くなかったですか?」 「あ、そこは大丈夫。これぐらいできなきゃ冒険者なんてできないよ」 「さすが、男の子ですね! かっこいい!」 「まあな! あははは!」 彼は私のお世辞を普通の褒め言葉と受け止めたらしく、大きな口を開けて笑っていた。 商談を円滑に進めるためとはいえ、心にもないことを言うのは良心が痛む。 しかし、これぐらい言ってあげねばただ働きをしてくれた彼に悪い気がするというのもまた本音である。 「でも、石を探すって言ってもいくらでも落ちてるし、具体的にどんなものを探せばいいのかわからないんだよな」 彼は手で後頭部をガリガリと掻いた。 「あ……」 そういえば、そのことについては説明していなかった。 コホンと咳払いをする。 「石であれば、アミュレットとして使えるものが大半ですが、特に素材として使いやすいのは透明な石ですね」 「透明な石となると、水晶みたいなものを探せばいいんだな?」 「そうです。無色の水晶であれば、込めた魔力の残量が透けて見えるので便利ですよ」 これはアミュレットが売れるように、私なりの工夫を凝らしたものだ。 色を付けることで残っている魔力を視覚的に表現する。 例えば、青は魔力が十分に残っている状態、赤は魔力がほとんど残っていない状態といった具合である。 ちなみに、魔力残量がゼロのときは元の無色透明に戻るようになっている。 こうすることで、アミュレットを使わないまま魔力を切らしてしまうことを防いだり、使えなくなったものを区別しやすいようにしているのだ。 また、魔力が尽きてしまった後も有効に活用できるように、透明な宝石を素材にしたアミュレットも考えている。 ただし私は宝石を一つも持っていないので、こちらは実行ができないままに終わっていた。 いずれも最近になって思いついた方法であり、試験段階なので、実際に使った人の感想はまだ聞けていない。 「なるほどな。他には?」 「うーん。魔力に慣れている石とかでしょうか」 魔力に慣れている石というのは、一度はアミュレットとして利用されたものや、特別な環境下で魔力の影響を受けたものをいう。 そのようなものには、普通の石よりも魔力を込めやすい。 これは私が感覚で理解したことである。 しかし、魔力に慣れた石はまず手に入らない。 見た目は普通の石でしかないし、落ちていることもまれである。 「一つ一つ確認してたら効率悪いな」 「そのことなんですが、これを使ってみてください」 「なんだこれ、アミュレット?」 外観は私が作るアミュレットとほぼ同じだが、石に穴を開けて紐を通してある。 持ち運びがしやすいと思って細工したものだ。 「これは防護するものではありません。周囲にある魔力を感知し、発光して知らせる……。いわゆる、ダウジングですね」 「周囲の魔力?」 「誰かが魔法を使うと、その魔力が周辺に残るということがあるそうです。ちょうど空気中を漂う霧や靄のようなイメージです」 「ふんふん、それで?」 「その付近にある石であれば、魔力に慣れている可能性もあると思うんです」 彼は聞きなれない言葉を受けて目を丸くしていた。 しばらく考え込んだようだが、ようやく合点が言ったのか、手をポンと叩いた。 「ということは、遺跡の中でダウジングアミュレットが光ったら、その周辺の石を集めればいいってことだな」 「はい、そこにはきっと魔力がたまっているはずですからね」 「さすが、魔法とかに詳しいんだな」 「そんなことないです。そもそも魔力が残るっていう話も、以前お客さんに聞いたことだし。しかもこのアミュレット、ある商品の失敗作だったんです……」 「そうか? これ、使いようによっては便利だと思うんだけどな」 「だといいんですけどね」 私は苦笑いで返した。 「じゃあ、俺そろそろ宿に戻るよ。また明日の準備もしなくちゃな」 「あっ、ちょっと待って! 他のアミュレットも持って行ってください!」 走り出した彼の腕をつかみ、手にまた二個のアミュレットを握らせる。 彼に無報酬で遺跡の採掘に向かわせるなんてこと、やはり私にはできなかったからだ。 本当に危なっかしくて見ていられない、もしそれで大怪我でもされたらたまらない。 今度は私が彼のお姉さんになったかのような気分である。 「いいのか? これ、大事な商品なんだろ?」 「遺跡の内部は危険ですし、石を集めてきてくれたお礼です。報酬だと思ってください」 「ふーん。それなら遠慮なく貰っとくよ! ありがとな!」 「どういたしまして」 今度こそ彼は走って宿に帰って行った。 去り際に手を振ってきたので、私も手を振りかえす。 さて、気分も晴れたし、私も仕事に戻ろう。 この辺りは人が少なくなってきたし、人の行き来が多い通りに移動することにする。 私は足元に置かれたままになっていた、彼が石を詰め込んで持ってきた袋を持ち上げようとして……、持ち上がらなかった。 それほど大きな袋ではないし、肩に担げば持ち歩けるぐらいの重さだと思ったが、そうでもなかったらしい。 両手で掴んでやっとである。これでは動くだけでも一苦労だ。 もしかしたら、この中には小さくても極端に重い石でも混ざっているのかもしれない。 「お、重いっ……!」 もうちょっと軽い石を拾うように言っておけばよかったなぁ。 そんな風に思いつつ、私は袋を引きずりながら路地裏を進んでいった。